東京高等裁判所 平成2年(行ケ)270号 判決 1991年7月23日
愛知県一宮市奥町字剱光寺三一番地
原告
スミ株式会社
右代表者代表取締役
墨喜八郎
右訴訟代理人弁護士
井手正敏
同
玉利誠一
同
中島多門
同弁理士
三宅正夫
同
井手正威
愛媛県伊予三島市村松町一九〇番地
被告
池田福助株式会社
右代表者代表取締役
井上忠彦
右訴訟代理人弁護士
吉武賢次
同
神谷巌
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者が求める裁判
一 原告
「特許庁が平成一年審判第九四八六号事件について平成二年九月一三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二 原告の請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「包装容器」とする実用新案登録第一六一〇二三五号考案(昭和五二年七月一八日実用新案登録出願、昭和六〇年一月二八日実用新案登録出願公告、昭和六〇年九月二七日実用新案権設定登録。以下、「本件考案」という。)の実用新案権者である。
被告は、平成元年五月二四日、本件考案の実用新案登録を無効にすることについて審判を請求し、平成一年審判第九四六八号事件として審理された結果、平成二年九月一三日、「登録第一六一〇二三五号実用新案の登録を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は同年一一月七日原告に送達された。
二 本件考案の要旨(別紙図面A参照)
容器本体と蓋体とを、上向きで等大の開口を有する箱体に形成し、両者の開口縁を外延して周設したそれぞれの鍔片の対向する一対の辺において一体に連接するとともに、この連接部に両縁に平行に開閉用の褶曲部を設けた合成樹脂製の容器において、
前記本体と蓋体とは、連接部を除く三方の鍔体の外縁をそれぞれ下向きと上向きに、直角にかつ直線状に折り曲げて折曲片を形成し、
さらに、両折曲片には、閉蓋時に対向する位置に、水平方向に凹条と凸条を設けて嵌合部を形成して成ること
を特徴とする、包装容器
三 審決の理由の要点
1 本件考案の要旨は、前項(実用新案登録請求の範囲第1項)記載のとおりである。
2 審判請求人(被告)は、昭和四九年実用新案登録出願公開第八三〇五号公報(以下「引用例1」という。)、及び、昭和五一年実用新案登録出願公開第一四三六〇一号公報(以下「引用例2」という。)を引用して、「本件考案は、その出願前日本国内において頒布されたこれらの刊行物に記載された考案に基いて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第三条第二項の規定に違反して実用新案登録を受けたものであるので、同法第三七条第一項の規定により無効とされるべきものである」と主張している。
3 引用例1には、「蓋体1と容体2が一部で連結された容器3において水平縁部4、5は同一高さにし蓋体1の水平縁部の内側を高くして段部6を形成し、且つ容体2の水平縁部5の内側に段部6に密後嵌合する立上り部7を形成し、更に段部6の内端部内側に脚部的凸部8を数箇所或は全周に形成して成る包装用容器」が記載されている(別紙図面B参照)。
また、引用例2には、「蓋体と容器本体とを薄い合成樹脂で一体的に成形し、この両方の連結する部分を折り曲げて開閉できるようにして成る食料品包装容器に於て、容器本体の開口上縁の鍔と蓋体の外周縁に、それぞれ内方向に傾斜する略L字状の係止部を形成し、且つ容器本体の係止部の下端折曲点に凹溝部を、蓋体には前記凹溝部に嵌め込む凸条部を形成して成る食料品包装容器」が記載されている(別紙図面C参照)。そして、別紙図面Cによれば、容器本体は開口を有する箱体に、蓋体は平板状にそれぞれ形成され、容器本体と蓋体を、それらの鍔ないし外周縁の対向する一対の辺で連結する連結片3が設けられていることが認められる。
4 本件考案と引用例2記載の考案を対比すると、引用例2記載の「容器本体の開口上縁の鍔、蓋体の外周縁」は本件考案の「それぞれの鍔片」に相当し、引用例2記載の「連結片、係止部、凹溝部、凸条部」は本件考案の「連接部、折曲片、凹条、凸条」にそれぞれ相当する。また、引用例2記載の考案は、連結片に容器本体と蓋体の両縁に平行に開閉用の褶曲部が設けられるとともに、容器本体の開口上縁の鍔と蓋体の外周縁の連結片を除く三方の外緑を開蓋状態においてそれぞれ下向きと上向きに折り曲げて係止部を形成し、それぞれの係止部に凹溝部と凸条部が閉蓋時に対向する位置に水平方向に設けられて嵌合部を形成していると認められる。
したがつて、本件考案と引用例2記載の考案は、
「容器本体と蓋体とを、それぞれの鍔片の対向する一対の辺において一体に連接するとともに、この連接部に両縁に平行に開閉用の褶曲部を設けた合成樹脂製の容器において、本体と蓋体とは連接部を除く三方の鍔体の外縁をそれぞれ下向きと上向きに折曲げて折曲片を形成し、さらに両折曲片には閉蓋時に対向する位置に水平方向に凹条と凸条を設けて嵌合部を形成してなる包装容器」である点において一致するが、左記の二点において相違すると認められる。
<1> 本件考案が、容器本体と蓋体を上向きで等大の開口を有する箱体に形成し、両者の開口縁を外延してそれぞれの鍔片を周設しているのに対し、引用例2記載の考案は、容器本体は開口を有する箱体に形成し開口縁を外延して鍔片を周設しているが、蓋体は平板状に形成しその外周縁が鍔片に相当するものになつている点
<2> 容器本体と蓋体の連結部を除く三方の鍔体の外縁をそれぞれ下向きと上向きに折り曲げて形成した折曲片が、本件考案では鍔体の外縁から直角にかつ直線状に折り曲げたものであるのに対し、引用例2記載の考案においてはほぼL字状に内方向に傾斜するように折り曲げたものである点
5 各相違点について判断する。
<1> 引用例1記載の包装用容器は、別紙図面Bの第1図ないし第3図で明らかなように、容器本体及び蓋体がいずれも箱形に形成され、等大の開口を有するものと認められる。
したがつて、引用例2記載の平板状の蓋体に代えて、等大の開口を有する箱体の形状の蓋体とすることは、当業者が適宜に採用し得る程度のことである。そして、その場合には、開口縁を外延して蓋体の鍔片が周設されることは明らかである。
<2> 引用例2記載のものにおいて、容器本体と蓋体との係止片にそれぞれ形成された凹溝部と凸条部とが嵌合することによつて蓋体が容器本体から離脱しないように保持しており、その際に両係止部が内方向に傾斜していることによつてこの保持力がさらに強められる作用をなすものと認められる。ところで、凹溝部と凸条部とによつて保持力は一応与えられているので、保持力をそれ程大きくする必要がなければ、係止片を内方向に傾斜させずに直角にかつ直線状に形成してもさしつかえないことは明らかであり、この相違点は蓋体が離脱しないように保持する力をどの程度にすべきかという必要性に応じて適宜考慮し得る設計的事項にすぎないものである。
この点について、審判被請求人(原告)は、引用例2記載の嵌合方式を蓋体が箱体形状の容器に適用すると、蓋体の開閉が困難となり、嵌合操作時に蓋体を濱してしまうなどの不都合がある、と主張する。しかしながら、蓋体が離脱しないように保持する力をどの程度にするかを検討する際に、容器の全体的寸法、形状、材料の強度、表面状態、弾性等を通常勘案すべきものであるのは明らかであり、そのことからすれば、蓋体を箱体形状にする場合に適切な保持力を与えるために、係止部の傾斜等の条件をどの程度に設定するかはやはり適宜勘案し得る設計的事項にすぎないものである。さらに、新曲片を直角にかつ直線状に折り曲げた形状にすれば成形時の型抜きが容易であるが、設計的事項の決定においては通常そのような効果も考慮されているものである。
以上のとおり、相違点<1>、<2>における本件考案の構成の総合にも格段の技術的特徴は認められない。
6 したがつて、本件考案は引用例1及び引用例2記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、本件考案の実用新案登録は、実用新案法第三条箪二項の規定に違反してなされたものであつて、同法第三七条第一項第一号の規定により無効にすべきものである。
四 審決の取消事由
引用例2に審決認定の技術的事項が記載されており、本件考案と引用例2記載の考案が審決認定の二点においてのみ相違し、その余の点において一致すること、及び、相違点<1>に関する審決の判断が正当であることは認める。
しかしながら、審決は、引用例2記載の技術内容を誤認して相違点<2>に関する判断を誤つた結果、本件考案の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。すなわち、
1 審決は、「引用例2に記載のものにおいて、容器本体と蓋体との係止片(以下「両係此片」という。)にそれぞれ形成された凹溝部と凸条部とが嵌合することによつて蓋体が容器本体から離脱しないように保持しており、その際に両係止部が内方向に傾斜していることによつてこの保持力がさらに強められる作用をなすものと認められる。」(第七頁第一三行ないし第一九行)と説示している。
審決の右説示は、凹溝部と凸条部を主たる保持手段、内方向に傾斜する略L字状の両係止片を従たる保持手段と認定したものと解される。しかしながら、引用例2記載の考案においては、「係止片」の用語が示すように、両係止片が内方向に傾斜する略L字状の形状を備えることを必須とし、この形状によつて保持作用が達成されるのであつて、凹溝部と凸条部は両係止片を滑らかに嵌合させるために設けられているにすぎない。すなわち、引用例2記載の考案の主たる保持手段は内方向に傾斜する略L字状の両係止片であるから、審決の前記説示は誤りである。
この点について、被告は、審決が説示する「両係止部が内方向に傾斜していることによつてこの保持力がさらに強められる」とは保持力が二倍以上に強められる場合も含む、と主張する。しかしながら、審決の前記説示は凹溝部と凸条部のみによつて保持作用が達成されることを前提としているのであるから、被告の右主張は失当である。
2 また、審決は、相違点<2>(折曲片あるいは係止片の形状)は「蓋体が離脱しないように保持する力をどの程度とすべきかという必要性に応じて適宜考慮し得る設計的事項にすぎない」(第八頁第三行ないし第六行)と判断している。
しかしながら、引用例2記載の考案においては前記のとおり内方向に傾斜する略L字状の両係止片が主たる保持手段であり、右保持作用を達成するために、略L字状の両係止片を内方向に傾斜させることは同考案の構成に不可欠の事項であるから、「係止片を内方向に傾斜させずに直角にかつ直線状に形成してもさしつかえない」(第八頁初行ないし第三行)とした相違点<2>に関する審決の判断は、引用例2記載の考案の要旨を無視するものであつて、明らかに誤りである。
この点について、被告は、内方向への傾斜を限りなく零に近付ければ直角にかつ直線状になるから、引用例2は直角かつ直線状の折曲片をも示唆している、と主張する。しかしながら、略L字状の両係止片を内方向に傾斜させることが引用例2記載の考案の構成に不可欠の事項であることは前記のとおりであるから、その内方向への傾斜が零でもよいとすることは明らかに矛盾した主張であつて失当である。なお、被告は、略L字状の両係止片が直角かつ直線状であつても両係止片の寸法の差をできるだけ小さくしきつちりと嵌合すれば保持力を生ずると主張する。しかしながら、引用例2記載の包装容器のように薄い合成樹脂材をプレス加工して得られるものは、精度が低くしかも容易に変形するから、略L字状の両係止片を内側に傾斜させない限り保持力は生じない。
そして、本件考案は、相違点<2>に係る構成を採用することにより、甲第六号証(実験報告書)に示すように引用例2記載の内方向に傾斜した係止片を有する構成のものよりも嵌合操作性及び嵌合保持力がともに優れた包装容器を創案したものであるから、「相違点<1>、<2>における本件考案の構成の総合にも格段の技術的特徴は認められない」とした審決の認定判断は誤りである。
第三 請求の原因の認否、及び、被告の主張
一 請求の原因一ないし三は、認める。
二 同四は、争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。すなわち、
1 原告は、引用例2記載の考案の主たる保持手段は内方向に傾斜する略L字状の両係止片である、と主張する。
しかしながら、審決は、凹溝部と凸条部との嵌合と内方向に傾斜させた係止部の双方に保持力があると認めているのであつて、その主従を述べているのではない。審決の「両係止部が内方向に傾斜していることによつてこの保持力がさらに強められる」との説示は、保持力が二倍以上に強められる場合も含んでおり、両係止片の内方向への傾斜の度合いに応じて略L字状の両係止片による保持力の強さが決まり、その結果として、凹溝部と凸条部との関係で嵌合手段としての主従が自ずと決まるのであるから、原告の前記主張は失当である。ちなみに、原告は、凹溝部と凸条部は両係止片を滑らかに嵌合させるために設けられているにすぎないと主張するが、凹溝部と凸条部が的確に嵌合すれば保持力が生ずることは技術的に自明の事項であるのみならず、略L字状の両係止片に凹溝部と凸条部を設ければ各係止片の弾性変形量が増えて滑込みがスムーズでなくなることも明らかであるから、原告の右主張は失当である。
2 そして、原告は、引用例2記載の考案においては内方向へ傾斜する略L字状の両係止片が主たる保持手段であつて両係止片を内方向に傾斜させることは同考案の構成に不可欠の事項であるから「係止片を内方向に傾斜させずに直角にかつ直線状に形成してもさしつかえない」とした相違点<2>に関する審決の判断は、引用例2記載の考案の要旨を無視するものであつて明らかに誤りである、と主張する。
しかしながら、引用例2記載の考案は略L字状の両係止片を内方向へどの程度傾斜させるかを数値によつて限定していない。そして、内方向への傾斜を限りなく零に近付ければ直角かつ直線状になるから、引用例2は直角かつ直線状の折曲片をも示唆しているというべきである。念のため付言すれば、引用例2記載の略L字状の係止片は容器本体の上縁と蓋体それぞれの外周縁に設けられているから、たとえ両係止片が直角かつ直線状であつても、両係止片の寸法の差をできるだけ小さくしきつちりと嵌合すれば保持力を生ずる。要するに、直角かつ直線状の略L字状の係止片も保持力を有しており、内方向へ傾斜する略L字状の係止片との間には保持力の程度に差があるにすぎないから、相違点<2>(折曲片あるいは係止片の形状)は「蓋体が離脱しないように保持する力をどの程度とすべきかという必要性に応じて適宜考慮し得る設計的事項にすぎない」とした審決の判断に誤りはない。
この点について、原告は、引用例2記載の包装容器のように薄い合成樹脂材をプレス加工して得られるものは精度が低くしかも容易に変形するから両係止片を内側に傾斜させない限り保持力は生じない、と主張する。しかしながら、本件考案の包装容器の材料と引用例2記載の包装容器の材料は何ら異なるものではないから、原告の右主張は本件考案の実用性を自ら否定するものにほかならず、失当である。
第四 証拠関係
証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。
理由
第一 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いない甲第二号証(実用新案登録出願公告公報)によれば、本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。
1 技術的課題(目的)
本件考案は、合成樹脂の薄板材をプレス加工して形成した容器本体と蓋体が、その一側縁で一体に連続し二つ折り開閉自在になつている包装容器に関する(第一欄第二〇行ないし第二三行)。
従来の包装容器は、蓋体を閉じて容器本体の開口上部に蓋体の開口部を嵌着し、両者の嵌合部の外縁に設けた水平縁部を当接した上、接着テープあるいはステープル等によつて封合していた。しかしながら、蓋体の外縁に設けた大きな水平縁部が場所を取ること、封合のための手段を要すること、蓋体の開放が煩しいことなどの問題点があつた(第二欄第三行ないし第一八行)。
本件考案の技術的課題(目的)は、右のような従来技術の問題点を解決し、改良された包装容器を創案することである(第二欄第一九行ないし第二一行)。
2 構成
本件考案は、右技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする構成を採用したものである(第一欄第二行ないし第一二行)。
本件考案の構成の核心は、容器本体及び蓋体自体の剛性と、材料自体の弾性を利用して、折曲片による容器本体と蓋体の嵌合・係合を達成する点に存する(第三欄第二行ないし第四行)。
別紙図面Aはその一実施例を示すものであつて、第1図は全体の斜視図、第2図は拡大断面図、第3図は連接部の拡大断面図、第4図は蓋体を閉じたときの連接部側からの斜視図、第5図は蓋体を閉じたときの開口縁の断面図、第6図は蓋体を閉じたときの連接部の断面図である。なお、図中の5、8が折曲片(嵌合部)、6が凹条、9が凸条である(第六欄第七行ないし第二七行)。
3 作用効果
本件考案によれば、
a 限定された材料によつて最大限の容量が得られる、
b 梱包あるいは輸送時の占有体積を節減できる、
c ステープル等の封合手段を要せず、蓋体の開閉が容易である、
d 使用中に蓋体が不用意に開放されることがない、などの作用効果を奏することができる(第五欄第一九行ないし第六欄第八行)。
2 一方、引用例2に審決認定の技術的事項が記載されており、本件考案と引用例2記載の考案が審決認定の二点においてのみ相違し、その余の点において一致することは当事者間に争いがなく、相違点<1>に関する審決の判断が正当であることは原告も認めるところである。
3 原告は、相違点<2>に関する審決の判断を争う前提として、審決は引用例2記載の考案において凹溝部及び凸条部を主たる保持手段、内方向に傾斜する略L字状の両係止片を従たる保持手段と認定しているが、「係止片」の用語が示すように、両係止片が内方向に傾斜する略L字状の形状を備えることを必須とし、この形状によつて保持作用が達成されるのであつて、引用例2記載の考案の主たる保持手段は内方向に傾斜する略L字状の両係止片であるから、審決の右認定は誤りである、と主張する。
しかしながら、成立に争いない甲第四号証(公開実用新案公報。別紙図面c参照)によれば、引用例2には「係止片」という用語は記載されておらず、「略L字状の係止部」(右欄第二行)、「係止部の下端折曲点に凹溝部(中略)を形成」(同欄第三行及び第四行)、及び、「第3図は係止部の拡大断面図」(同欄第八行)と記載されており、内方向に傾斜する下曲部5と5'、水平部6と6'のみならず、凹溝部7と凸条部8をも含む部材全体を「係止部」と称しているものと認められ、したがつて、引用例2記載の考案は、下曲部5、5'、水平部6、6'及び凹溝部7、凸条部8が協働して係止(すなわち、保持作用)を達成するものであると理解される。
また、前掲甲第四号証によれば、引用例2には、その係止部を構成する下曲部5、5'、水平部6、6'、凹溝部7及び凸条部8の、いずれが主たる保持手段でありいずれが従たる保持手段であるかを示す記載は存しないと認められる。したがつて、引用例2記載の考案の係止部を個々の部分に分解し、「引用例2記載の考案においては内方向に傾斜する略L字状の両係止片のみによつて保持作用が達成されるのであつて、引用例2記載の考案の主たる保持手段は内方向に傾斜する略L字状の両係止片である」という原告の主張には、何ら根拠がない。審決の「引用例2に記載のものにおいて、容器本体と蓋体との係止片にそれぞれ形成された凹溝部と凸条部とが嵌合することによつて蓋体が容器本体から離脱しないように保持しており、その際に両係止部が内方向に傾斜していることによつてこの保持力がさらに強められる作用をなすものと認められる」(第七頁第一三行ないし第一九行)との説示は、それに続く「凹溝部と凸条部とによつて保持力は一応与えられている」(同頁第一九行及び第二〇行)との記載に鑑みると、引用例2記載の考案においては、凹溝部と凸条部との嵌合及びこれらを含む係止部の内方向への傾斜が協働して保持作用を達成していると認定しているのであつて、必ずしも凹溝部と凸条部を主たる保持手段と認定しているものとは解されないから、審決の右説示に誤りはない。
4 そして、原告は、引用例2記載の考案において係止片を内方向に傾斜させずに直角にかつ直線状に形成してもさしつかえないとした相違点<2>に関する審決の判断は明らかに誤りである、と主張する。
原告の右主張は、引用例2記載の考案の主たる保持手段は内方向に傾斜する略L字状の両係止片であり、右保持作用を達成するために略L字状の両係止片を内方向に傾斜させることが同考案の構成に不可欠の事項であることを前提とするものである。
しかしながら、右前提が正当といえないことは前記のとおりである。そして、引用例2記載の考案においては係止部を構成する下曲部5、5'、水平部6、6'、凹溝部7及び凸条部8が協働して係止(すなわち、保持作用)を達成するものと考えられることも前記のとおりであり、しかも、前掲甲第四号証によれば、引用例2記載の考案は略L字状の係止部の内方向への傾斜度を数値をもつて限定していないのであるから、引用例2記載の考案の下曲部5、5'の具体的形状(すなわち、内方向にどの程度傾斜させるか)は、これと協働する水平部6、6'、凹溝部7及び凸条部8それぞれの具体的形状及び材質、所望の保持力の程度、さらには製造の難易などを勘案して、当業者が決定すべき設計的事項であることは明らかである。そうすると、引用例1記載の考案と引用例2記載の考案に基づいて包装容器の構成を創案する際には、前記の諸般の事情を勘案して、引用例2記載の下曲部5、5'の傾斜度を零とすることも、当然に検討の対象になると解するのが相当である。
したがつて、引用例2記載の考案において保持力を大きくする必要がなければ係止片(下曲部)を内方向に傾斜させずに直角にかつ直線状に形成してもさしつかえなく、相違点<2>は必要性に応じて適宜考慮し得る設計的事項にすぎないとした審決の認定判断は、正当として肯認することができる。
また、原告は、本件考案は相違点<2>に係る構成を採用したことにより嵌合操作性及び嵌合保持力がともに優れた包装容器を創案したものであると主張し、甲第六号証(実験報告書)を援用する。成立に争いのない甲第六号証によれば、包装容器を三〇〇gの内容物で充填し嵌合して約一m上方から落下させると、本件考案を実施した試料は嵌合が全く外れないが、折曲片を鍔片に対して内傾させた引用例2記載の考案と同様な構成の試料は、嵌合が外れたとの実験結果が記載されている。しかしながら、凹溝部と凸条部との嵌合及び略L字状の係止部の内方向への傾斜が協働して保持作用を達成する構成のものが、前者のみにより保持作用を行う構成のものより保持力が著しく劣るという実験結果は技術常識に必ずしも副わないものであり、しかも前記実験報告書には具体的データ(例えば、実験に用いた試料の材質、実験回数、実験毎の成績等)が全く示されていないので、右実験結果を直ちに措信することはできない。
そして、本件考案の奏する前記一3認定の作用効果は、引用例2記載の考案において、その蓋体に代えて、審決認定の引用例1記載の構成を採用し、かつその係止部を内方向に傾斜させずに直角にかつ直線状に形成するように設計することにより、当業者が通常予測し得る範囲にすぎない。
したがつて、「相違点<1>、<2>における本件考案の構成の総合にも格段の技術的特徴は認められない一とした審決の判断に誤りはない。
5 以上のとおりであるから、本件考案は引用例1及び引用例2記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法は認められない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
別紙図面A
<省略>
別紙図面B
<省略>
別紙図面C
<省略>